コラム

ショートショートのお部屋

NYで赤ん坊を拾う

セントラルパークのベンチでハンケチを出そうとバッグを開けたら「赤ん坊」が入っていた。これは幻覚に違いない。見なかったことにしようと目をつぶったら、できたてホヤホヤの新生児が日本語でささやいたのである。

「すみませんがお宅で6時間ほど充電させてもらえませんか?」


アタシはとうとう気が狂ってきたのだ。ニューヨークのど真ん中で、英語も下手ならオンナ力も不足のアラフォーが、恋人に去られたショックと孤独のあまり幻覚、幻聴をおこしたとしか思えない。

フラフラと家に戻ると赤ん坊は自分でバッグから這い出してきて、おへそのへんからコードを出してコンセントに差し込んだ。

「ありがとう、腹ぺこで飢え死にするところだった」。

赤ん坊はほっとした様子で部屋を見回して「いいところに住んでいるのね」と言う。

この頃になると幻覚・幻聴にもだいぶ慣れてきて、とりあえず会話が出てきた。


「ここは彼氏の家なのよ」

「じゃあ、彼が帰るまでに充電終えるから」
のっぺりとした顔がすまなそうな表情になった。

「いいのよ、今日別れたの・・・私も捨てられちゃった」

 

かぐや姫や桃太郎は「移民」だった

何でも赤ん坊の出身地は小さな星で、繁殖は工場の人工子宮で行われるけれど住む土地がない。そこで姿形が似ている地球人の中に紛れ込ませる「移住政策」を推進しているという。


「日本にもあるでしょ。子どものできない夫婦が赤ちゃんを拾う昔話。昔は電力がなかったから大変で、かぐや姫は太陽や月の光エネルギーを皮膚からチャージしたり、桃太郎は水力発電機を自作したらしいの。でもエネルギー不足で若死にしちゃったらしいわ」


「移住してきて、いつか地球をのっとるつもり?」

「一代限りで繁殖しないから数は増えないの。成人したら通告義務があるけどね。」


私も移住者を目指してバブル期に浮かれて渡米したものの、落ちこぼれてホームレス寸前までいった。一年前にIT関連の仕事をしている彼と出会って同棲し、やっと立ち直ったというのに、突然別れを切り出されたのである。


なんでも可愛い秘書とできちゃって、彼女が妊娠したので結婚するという。


「僕もいい年だし、親に孫を見せて安心させてやりたい」と最先端をいく職業人らしからぬ古風なことをぬかした。


「今日から彼女の部屋に移るから、早めに出て行ってくれ」。
これが今朝のことだもん、泣かずにいられっか!

そんなこんなで失恋で大泣きするはずの夜は捨てられたもの同士の会話がはずみ、しかも異国での日本語は孤独感を慰めてくれたらしく、熟睡して翌朝は寝過ごしてしまった。


赤ん坊は昨夜寝ていた枕に付着していた髪の毛や汗のDNAが染みこんだとかで、私にも彼にも顔だちが似てきたのは驚きである。飲食は充電だけで、排泄はナシだから、ペットを飼うより楽チンだ。
ケースバイケースで人間と同じ発育や生体反応もするから、宇宙人とはバレないだろう。それにめちゃ可愛いのも事実。恋人を寝取った女への対抗心もある。そうだ、アタシもママになろうと決心したその時だった。

 

9・11後に一生分の愛情をもらう

 

「何よ、これ!?」
アタシはテレビ画面にくぎ付けになった。一対の巨大なノッポビルが砂の城を崩すように壊れていく。あのビルの地下のカフェがアタシの職場で、80階が彼氏と秘書のオフィスである。彼のケータイにかけるも呼び出し音も鳴らないし、メールもつながらない。徹夜で返答を待ち続けたが、彼からもカフェの同僚からも全く音沙汰がない。数日後に犠牲者名簿に彼の名前を見つけたときは疲れすぎて失神してしまった。


テロの犠牲者の遺族ということで、隣人たちは腫れ物にさわるように優しく、過剰に親切に接しようとする。ショックで自宅で早産した寡婦と役所も同情し、特例で出生証明書を交付してくれた。
それまでは顔も名前も知らなかった人たちが毎日のように現れては励ましたり労ったり。本当は手間のかからない赤ん坊の世話までしてくれたのである。


おかしな話だが肉親の母親からもこんなに大事にしてもらった記憶はない。この一ヶ月間で愛情に満ちた暮らしの心地よさを「一生分」もらえた気がした。


そうだ、ニューヨークの夢から醒めて日本の現実に戻ろう。


「帰るのに邪魔なら、最初の公園に捨ててもいいよ」赤ん坊はオズオズと提案した。


「何を言うの!?あなたは彼のDNAを継ぐたった一つの形見よ。思えば彼はいい人だった。亡くなった後まで私を幸せにしてくれてた。帰国したら貧乏するけどガマンしてね」


「うちの星の子を拾った人はお金持ちになるはずなんだけどなぁ・・・」赤ん坊がすまなそうにぼやいたときに、玄関のチャイムが鳴った。

 

一発逆転の人生もある

 

りゅうとした身なりの日本人紳士が入ってきて「あんたが嫁さんかね?」と尋ねる。
「長年勘当していた息子から電話がきて、子どもができたと報告している最中にあのテロ騒動で通信が途切れてしまった。あちこち手をつくして、やっとケータイの通話記録でダイスケの勤め先と住まいがわかり、夫婦で駆けつけたところじゃよ」と涙をぬぐう。


「もう産まれていたのね」後ろからすり抜けるように老婦人がベッドに駆け寄って抱き上げ、「ダイスケにそっくり・・・」と嗚咽した。

 
「とりあえず二人ともわが家に来てもらえませんか?ダイスケの他に子どもはいないし、未入籍なら相続のためにも孫と養子縁組しなけりゃならんし・・・」

それから?
アタシはモト彼氏の実家の大きな老舗旅館の若女将になって毎日てんてこ舞いの忙しさよ。ニューヨークで気づかってもらった経験で接客業のコツはつかめたし、上手でないけど外国人旅行者にも英語対応できるから、舅姑からも従業員からも信頼されてオンナの道をまっしぐら。
満塁サヨナラホームランを打った気分かな。

 

祖父母自慢の孫娘に育つ

 

そうそう、娘のモモは地球人と見分けがつかないまま、普通に明るく、性格の良い女性に育ったの。電力以外に口からも栄養をとるのを好んだせいか、健康で美しく、みるからに賢そうで祖父母自慢の孫娘になった。宿泊客の某国のプリンスが一目惚れしてしつこくメールをよこすというから、いつの世も歴史は繰り返されるのねぇ。


ともかく成人できたのでテレパシーかなんかで出身地の星への通告義務とやらをしたら、近いうちに竹取物語のように天からの使者が来るんですって。ただし、連れ帰るのでは無くて、短時間で人工繁殖用の卵子を採取するだけらしい。


育ての親にも贈り物をくれるそうだけど、事前に流れ星で届けられる隕石貨幣だと旅館の名庭に大穴があくから「いらない」とご辞退しよう。「モモちゃん、忘れずにあなたのAIにメモっておいてね!」